ぐへぐへ日記

ゲイがいろんな生き方を模索しながら書いているブログです。

自分を表現しつづける事がすごく難しい

f:id:guheguhe:20170916043749j:plain ブログを書くのが上手になればなるほど、自分を表現しないで生きようとしている気がする。

見出しをつけてみたり、吹き出しをつけてみたり、文を着色してみたりして少しずつブログを書くのが上手になってきて、そうした時に自分の本当の気持ちが少しずつ奥の方に埋もれていけばいいと思ってる時がある。

たくさん記事を書けば、いろんなまとめ記事を作れば、人に見せたくない過去や認めたくない過去を新しい記事で埋められると考えている気がする。

どうしてもこころの奥底に引っかかっているのが、「あの記事が知り合いに見られたら」ということで、頭ではわかっているし、実際に見られたとしても大して気にしないだろうとわかっている。でも、まだブレーキをかけている。

ぼくが以前築いた関係はうその土壌の上に成り立っていたものだとわかってしまう。それははじめから自分を正直に表現していたときよりもずっとずっと怖い。自分の本当の姿を見せることで、人が去っていく。それはとても恐ろしいことで、その人は、いつの間にか去っていくのかもしれないし、唐突にいなくなるのかもしれない。

「傷ついた」なんて思う暇はなくて、もしかすると自分が傷ついていることに一生気づかないのかもしれない。実はいまでも傷つくのか、傷ついているかどうかわからない。確かなのはその人の態度が変わったことで、頭では本当によくわかっていることだ。「住む世界」が違う。見ているものが違う。

理解してくれるかもしれない。認めてくれるかもしれない。でも、「違い」は消せない。その事実だけはよく理解できる。

ぼくが神様を信じないのは、まわりの人々と気持ちや感じ方や考えがすごく違うからかもしれない。神様はこんなことをしないと思ってる。 自分がちょっとついていなかったのを神様のせいにしていたいとも言える。

自分を表現しつづけないといけない。

f:id:guheguhe:20170916042936j:plain 一度書いたり、告白してしまえば解放されて「もう大丈夫」と思っていた。でも、他の場所に行ったら、ぼくはまた自分のことを表現できない。自分をオープンにし続けることはすごく難しくて、新しい集団に入るときは悟られないように、仲良くなりすぎないようにしなければいけない。

それで、はじめにオープンにできないと後が辛い。相手の「前提」とぼくの「前提」はものすごく違うからだ。相手の前提にこちらがあわせてることになるんだけど、そんなの途中で無理がくるからはっきり言って全然楽しくない。空虚な会話ばかりするようになる。楽しくないことはしたくないから縁が切れてもなんとも思わない。

だから、「お前のことなんて興味ないし、お前の個人的な事柄にだれも興味ないよ」というのはやっぱり間違っている。ぼくの「前提」ははじめに言っておかないと相手が勘違いしてしまうものだし、日常生活を送ったり、一緒に仕事をする上で、その情報がないとコミュニケーションが円滑にすすまなくなる類のものだ。仕事上不可欠ではないけれど。

はじめに伝えてしまえるのが楽だ。

f:id:guheguhe:20170916043442j:plain だから、先に自分から一気に伝えてしまうのは楽だと言える。だれと仲良くなって、だれとそうならないかなんて、知り合ってみるまではわからない。知り合ってから伝えるんじゃ遅いんだ。だから先に言っておくのがいちばんいい方法なんだと思う。

でも、はじめに伝えるのは難しい。相手がどんな人間かわからないからだ。 仲良くなれば相手がどんな人間かわかる。そうすれば自分をさらけ出せる。少なくとも、どちらかというと気軽だ。

でも、その流れだと、それまで築いてきた関係を壊さないといけなくなる。 難しい話なんだけど、石組みのアーチ橋から木枠を外すような感じで、うまくできなければ、全部崩壊してしまう。

なんだか堂々めぐりなんだけど、どちらかというと楽なのは、はじめに伝える方なのかと思う。どちらにせよ難しいけど。

同じ人たち

f:id:guheguhe:20170916042723j:plain 話がだいぶ変わるけど、同じ人たちがいる場所に行けば落ち着けるし、安心できる。短い時間楽しむことができる。でも、最近はあせりがある。ぼくはここで何をしているんだろうと言う気になる。一緒に楽しむだけでは満足できない。あせりだけが生まれる。

どうして今を楽しめないんだろう。将来が不安なんだろうか。お金があって時間があれば解決なのか。ただ今を埋めるものがほしいのか。

昔みたいにひとりで泣いたりすることはなくなって、ずっと割り切られるようになった。昔ほど悲しむことは減って、怒るようになった。無駄なことはしないようにしていて、すごく生きやすくなっているのに、気持ちが燃え上がるようなことはない。いや、生きやすくなったから気持ちが燃え上がることもないのか。

悩むことなんてほとんどなくなった。ただ明日どうすればいいか、自分がどうしたいかを考えるようになった。でも、ぼくが求めていた熱量はあの苦しみの中にあった気がする。ただ年をとったから熱量が消えただけなのかはわからない。

最近悩む事が減ってきた気がする

あせりはあっても、最近悩む回数や時間が減ってきた。へらへらしている事が多くなってきて、すごく楽になってるんだけど、これが大人になるということなんだろうか。

取り止めがなさすぎて酷い文になっているけど、まあいいや。